陸上自衛隊に入隊したきっかけ

私が新隊員の教育を受けた武山駐屯地です。当時は、二度とこの門はくぐりたくないと思っていましたが、今ではとても良い思い出です。

元陸上自衛官で兼業農家のMasahikoです。今回は、私が陸上自衛隊に入隊したきっかけを紹介したいと思います。私が大学を卒業した平成10年は、就職氷河期の真っ只中でした。新卒採用なしという企業もザラでした。このようなご時世でしたから、公務員試験の競争倍率は何十倍という状況でした。

学生時代、真面目に授業を受けた記憶もありませんし、勉強した記憶といえば、試験前に友達から借りたノートのレジュメをひたすら暗記することくらいです。こんな状況でしたので、大学で学んだことは何一つ憶えていません。今思うと、大学の学費を出してもらった両親にとても申し訳なく思っています。当時、両親は私が公務員になることを望んでしました。やはり、安定した生活を送ってほしいと思っていたようです。正直、公務員試験対策の勉強も何もしていないので、地元の市役所や水道企業団などを受験しましたが、当然不合格でした。そうなると、残るのは自衛隊しかありません。5月か6月だったと思いますが、一般幹部候補生試験を受験しました。この試験は、大学卒業予定者を対象とした公務員試験で最もレベルが低いと言われていた試験です。また、陸海空それぞれの自衛隊は採用人数が違います。陸上自衛隊は採用人数が多いため、陸海空の中では一番合格しやすいと言われていました。その試験すら通りませんでした。次に難易度の高い試験は、一般陸曹候補学生試験です。高卒対象の試験でしたが、何も考えずに受験しました。この試験はどうにか合格する事ができました。入隊してからわかったことなのですが、一般幹部候補生試験に不合格だった大学生がこの一般陸曹候補学生試験に流れていました。中には、筑波大学をはじめとした難関国立大学や早稲田大学の卒業予定者も一般幹部候補生試験に不合格だったようです。それくらい公務員試験が難しかった時代です。この文面からおわかりだと思いますが、どうしても自衛官になりたいという思いで自衛官になったわけではありません。あくまで、公務員の延長で自衛官となった感じなんです。一緒に入隊した同期も私と同じような境遇の方がたくさんいました。

自衛隊に入隊した理由についてはわかっていただけましたか?実は、このような入隊前まで自衛官に興味のない、言ってみればやる気のない隊員を自衛隊は入隊後の新隊員教育と言われる約6ヶ月の教育で一人前の自衛官に成長させるのです。これは自衛隊マジックと言って良いでしょう。なにせ暴走族上がりの隊員もいました。近年にはいませんが、ヤクザ上がりの隊員も昭和60年から平成初期にかけていたそうです。そのような隊員も自衛隊の新隊員教育を受ければ一人前の自衛官になるのです。暴走族やヤクザは上下がはっきりしていますので、自衛隊の階級社会と似ていることも影響しているかもしれません。このような隊員が、若い幹部をしっかりと支えてくれていたようです。新隊員への教育は日本軍から伝統的に引き継がれた教育だと言われています。実際に日本軍の教育について調べたことがないので、嘘か本当かはわかりませんが、日本軍が世界の軍隊でも優秀だと言われていたのは、教育が非常に優れていたからだと言われています。特に、現在の新隊員教育に当たる二等兵を対象とした教育は世界でも有数の教育だったようです。

陸曹になったときに教えられたことですが、ドイツ軍の将校(幹部)、アメリカ軍の軍曹(陸曹)、日本軍の下級兵士(陸士)で編成すれば、世界最強の軍隊ができると言われました。日本軍が大東亜戦争で負けたのは、指揮官愚劣、将校凡庸が理由だと言われています。下士官のレベルは、連合国軍には決して負けていなかったのです。

最近、自衛官の採用年齢が引き上げられました。それくらい、自衛隊入隊希望者がいないということの現れです。我が国の平和は、自らの手で作り上げるものです。公務員として自衛隊に入隊した私ですが、自衛隊でかけがえのない経験を積むことができました。今の私の全人格を作り上げてくれたと言っても過言ではありません。

最後に、一言です。

自衛隊はほぼ実力社会です。努力すればその苦労は絶対に報われます。迷っているなら、「GO TO JIEITAI」絶対に後悔しませんよ

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